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Introductions


 アウシュヴィッツ以後のすべての文化は廃品だと言ったのはアドルノだが、9.11以後のアートは、焼きつくされて形を失った粉塵、廃品がその最後の形をも失う際の煤煙になるしかない。それは、文字通り、アドルノがマゾヒスティックにその終焉を願望した「アート」の完璧な終わりを宣言する。

 アドルノ的な廃品は、まだ、再利用が可能だったし、展示可能だった。だから、彼の言う「文化産業」は、廃品をかぎりなく「回収」することによって「美術品」を市場に供給しつづけた。ギャラリーやミュージアムは、評論家や鑑定家などのもろもろの権威、伝統という名のアウラを外挿的に付加することによって、すでに形骸化していた展示という技法を維持した。マルチメディアは、そうした方法の能率化の一つの有力な方法として、20世紀末のつかのまの期間、歓迎され、マルチメディア・アートなるものを生みだした。

 インターネットは、原理的には、万人に開かれた技術であり、そこに権威やアウラを持ち込むのは難しい。インターネットは、脱アートの技術である。それは、ある意味で、それは、ある意味で、アドルノ的「廃品回収」を不可能にする。インターネットとともに19世紀流の「アート」は終わる。ブロードバンドは、一見、かつての「マルチメディア」の夢を実現するかに見えるが、それが原理的に万人に開かれているかぎりにおいて、権威やアウラの介入する余地はない。

 アート・オン・ザ・ネットは、ベンヤミンが早くも相対化して見せた「アート」の展示的な要素を排除する挑戦的な試みとして出発した。制度的な「ギャラリー・スペース」のなかでリプレゼントされる「美術品」としてのアートの否定。アーティストがみづからヴァーチャルな「展示スペース」をつくるという、「展示」の脱構築。アートが「廃品」になったとしても、アート作品が、「実体」として、つねにすでに存在し、それが、「観客」によって「再現前」(re-present)されるという構造はかわらないとしても、アート・オン・ザ・ネットは、この構造に一撃を加えたのである。

 しかし、アート・オン・ザ・ネットは、まだ、旧来の「アート展」のスタイルをひきづってきた。競争・審査というシステムである。9.11をまのあたりにしたいま、われわれは、もう一歩先に進むべきではないか? すなわち、これまでの競争・審査システムの廃止である。

 今回採用した互選のシステムは、きわめてテンタティヴなものにすぎない。そこにはまだ依然審査があり、ランクづけが存在する。だが、作品を出品した者がすべて選者になりうるというシステムは、すでに審査とランクづけのシステムを協調と融和へ向けて脱構築しつつある。今後のより進んだ方向の一つの出発点として、今年は、この方法を試してみたいと思う。

粉川哲夫/東京経済大学コミュニケーション学部教授 ※アート・オン・ザ・ネット展ゲスト・ディレクター


 町田市立国際版画美術館は1995年、世界に先駆けてネット・アートとウェブ・コンテンツによる公募展、「アート・オン・ザ・ネット 1995」展を開催して以来、インターネットという新しいメディアにおけるアートの可能性を探求し続けています。この7年間に応募作品は800点を超え、延べ参加国数は45以上にのぼります。

 そしてこの7年間は、20世紀が産み出してきた様々な矛盾が表面化した時期でもあります。アートの世界もその例外ではなく、これまでのように、美術館やギャラリーに展示された「名作」を鑑賞することしか許されない、という閉鎖的なシステムからの人々の離反が、美術館活動の低迷としてだけではなく、アート自体への無関心という形でも顕在化してきています。その理由としては、これまでアートが備えていたすべてのアウラが最終的に統合されたものとしての貨幣的価値が、世界規模の経済的危機によって信用を著しく失った、ということだけではなく、インターネットに代表される新しい双方向メディアの登場が、これまでのような権威や価値、そして情報の一方通行的な伝達という構造を備えた旧いシステムすべてへの失望を導いたことが挙げられるでしょう−−−だとしたら、21世紀のアートはやはり、あらゆるアウラから解放された、「理解しなければならない教養」以外の何かでなければならないことでしょうし、そして21世紀のアートのシステムは、誰もが参加することが可能で、お互いに自由に影響を与えあい、その結果としてまったく新しい「何か」が誕生する可能性を秘めた、開かれたものである必要があると私たちは考えます。

 今年のテーマは『9.11』。そして審査員は、「アート・オン・ザ・ネット 2002」に参加される人たち自身です。このテーマの持つ意味を考えた時にも、審査員の方々による賞の決定ではなく、「参加」する人たち全員が審査員となり、お互いの意見を交換しあい、そして参加者の方々自らが賞を決定するという方式がより適切であろうと私たちは考えました−−−なぜならば、「アート・オン・ザ・ネット」展に寄せられるアートの数々は、美術の歴史の延長線上だけにではなく、テクノロジーの進展や社会の変化の、それぞれの最先端が交差する地点に出現するまったく新しい在り方のアートであるからです。「アート・オン・ザ・ネット」展は常に、そのようなアートの新しい状況を構築することに向けられた実験の場であり続けたいと願っています。

町田市立国際版画美術館/メディア・アート担当キュレーター/箕輪裕一