ゲスト・キュレーターの紹介作品集へ

 

 

 

 

 

 

 

 

序文

今年の「アート・オン・ザ・ネット」は、そのテーマとして「非暴力」を選 び、その方式として、従来のコンペティション方式を排し、ディー・ディー ・ハレック、シュー・リー・チャン、オナー・ヘイジャー、エリザベス・チ マーマン、オルガ・シシコの5人の女性のゲスト・キュレーターが推薦する ウェブサイト・リストを作成することにした。

出来上がったリストでは、結果的に、アジア、イスラム圏、アフリカなどの エリアのサイトが欠落することになったが、この企画は、もともと非暴力に ついてのグローバルなサイトマップを作ることを目的とはしていない。メデ ィア・アクティヴズムやメディア・アートとの関係の深い5人が、インター ネットとの関連で非暴力をどのように考えているかを提示することを優先し た。それぞれの考えは、各推薦サイトに付されたコメントから判断できるだ ろう。

今回のテーマが、イラク戦争やポスト9.11の状況との関連で選ばれたこ とは言うまでもない。これらを極めて深刻に受けとめるからこそ、これまで 行ってきたコンペティション方式を中止したのである。世界が「敵」と「味 方」とに分かれて闘い、いかに効率的に人を殺すか、敗北させるかというこ とが赤裸々にあらわれている状況では、しばし、あらゆる競争を中止するの が、そうした動向に抗議する一つの方式ではないかと思ったからである。

日本では、いま、第二次大戦後数十年は強調することを控えてきた競争主義 が声高に推奨されるようになった。ディベイトや能力給がよりよい、新しい ものとみなされ、国家も、戦争をしてはいけない国家から戦争が出来る国家 に変貌しようとしている。

テクノロジーやメディアに関しては、戦争や殺人といった可視的なレベルの 暴力よりももっとソフトで微妙なレベルの暴力の装置がとどまるところなく 増殖している。あるいは、見方を変えれば、そうした技術の進化と増殖は、 戦争や露骨な殺人という可視的な暴力によって隠されているのかもしれない 。デタントの時代に軍拡が進んだように、戦争の時代には、その裏でソフト な暴力が昂進するということも言える。しかし、インターネットは、それが ますますわれわれの神経細胞のまじかまで肉薄した関係を持つようになって いる点で、そうしたレベルの暴力を暴き、批判できるポテンシャルを蓄積し ているとも言えるだろう。今回の試みが、そうした暴力を敏感に感知するヴ ァーチャルな神経装置の構築への布石になればさいわいである。

粉川哲夫/アート・オン・ザ・ネット展ゲスト・ディレクター